加工硬化とは、金属に応力(内部に生じるひずみ)を加えることで硬さが増す現象で、金属が塑性変形することによって生じます。切削加工ではワーク切削時の加工熱や塑性変形が、加工硬化を引き起こします。
ほとんどの金属で発生する加工硬化ですが、特に切削加工では塑性変形の連続によって狙いの形状を実現するため、避けることができません。 この記事では切削加工における加工硬化の原因と、その対策について解説します。
加工硬化のメカニズムを把握するためには、塑性変形が生じる際に、金属を構成する原子の配置がどのように変化するかを知ることが重要です。 格子状にきれいに配置された金属の原子は、力を加えることで各原子の位置関係が変わります。ある一定の変形量までは、加えていた力を取り除くと元の位置関係に戻りますが、一定以上の変形量を超えると原子の配列が乱れ(転移)、元の形状に戻らなくなります。この転移の影響で金属の硬さが増す現象が「加工硬化」です。
それぞれの材料が「どの程度加工硬化しやすいか」を定量的に表す指標をn値といいます。 n値は値が大きいほど加工硬化しやすいことを示しており、代表的な材料のn値は以下の通りです。
材料n値軟鋼0.21銅(O材)0.50銅(1/2材)0.05アルミニウム合金(A1100-0)0.26チタン0.14SUS3040.42SUS4300.23
加工硬化が切削工具や製品に与える影響には、以下のようなものがあげられます。
切削工具の寿命に影響を与える要因のひとつとして、切削工具とワークの硬度の関係があげられます。 切削工具の硬度に対してワークの硬度が高い場合、工具の摩耗が促進され、寿命が短くなる点に注意が必要です。 切削加工では、ワークの切削面が加工硬化を起こすことで硬度が高くなり、工具の寿命に影響を与えてしまいます。
切削加工時に加工硬化が生じることで、加工する製品の寸法精度に影響を与えます。 加工硬化によって、ワークが元々の想定以上に硬くなってしまうことに起因して、後の切削加工に用いる工具の刃先にチッピング等、工具異常が発生することがあります。チッピングが生じると、切削抵抗が高くなることで仕上げ面が劣化するため、製品の寸法精度が悪化します。 高い精度が要求される精密加工の際には、加工硬化によるチッピングの発生とその結果生じる寸法精度の悪化に注意が必要です。
加工硬化は加工する材料や加工条件によって、発生しやすさが異なります。 例えば、SUSや耐熱合・高炭素鋼・合金鋼などのn値が大きい材料を加工する場合、n値が低い材料と比べて加工硬化が発生しやすくなります。また加工点の温度が高すぎるシーンや、切削抵抗が高く温度が上昇しやすいシーンでも、加工硬化が発生しやすくなります。 加工硬化が発生しやすい加工状況を把握しておくことで、効果的な対策を検討することが可能です。
加工硬化の対策方法は、工具選定による対策と切削条件による対策に分類できます。
工具選定による対策としては、切れ刃形状の考慮、切削工具やホルダの選定を考慮することが重要です。
切削抵抗が高いと加工硬化が発生しやすくなるため、切れ味のいい工具を選定することで抵抗を下げることが対策につながります。 切れ刃の形状やワークに切れ刃を当てる角度、切削工具とワークの硬度などを考慮することで加工硬化を発生しにくくできます。
加工硬化を促進する加工温度の上昇を防ぐために、工具やホルダによる対策も重要です。 内径加工や深穴加工など外部クーラントが届きにくい加工では、刃先からクーラントを吐出し温度上昇を防ぐような工具やホルダを選定することで、温度上昇を防ぐことが可能です。 加工時の温度上昇を防ぐことで、加工硬化の抑制につながります。
切削条件による対策としては、加工パス、切削点の冷却、切削点の温度管理などが重要です。
切削工具とワークの間に擦れが発生することで、擦れた部分に負荷がかかり加工硬化が発生します。 例えばステップ加工のように、擦れが発生するような加工を極力避けながら、狙いの形状を実現する加工パスを選定することで、加工硬化の影響を受けにくくすることが可能です。
切削点の温度が高いと加工硬化が発生しやすくなるため、切削点の冷却が効果的です。 クーラントを使用することで、切粉の洗浄、潤滑性の向上、切削点の冷却が期待できます。冷却用、潤滑用などさまざまな種類の中から、用途に合わせたクーラントを適切な方式で確実に供給することが重要です。
切削点の温度を上昇させすぎないよう、温度を一定に保つことも効果的です。 切削速度や工具の送り速度などの加工条件を調整することで、工具とワークの間に生じる熱負荷を調整し、切削点の温度を一定に保つことが可能です。
この記事では切削加工における加工硬化の発生の原因と、その対策について解説しました。 切削加工で避けて通ることができない加工硬化ですが、発生しやすい材料とそのメカニズムを把握し、状況に応じて切削工具や切削条件を使い分けることが、精度の高い加工のカギとなります。