研究一覧arrow
モデルベース設計と射出成形機の1次元モデル

モデルベース設計と射出成形機の1次元モデル

イントロダクション

モデルベース設計(MBD: Model Based Design)は、複雑なシステムの設計・シミュレーション・テストを効率化する手法であり、現代のエンジニアリングにおいて不可欠なアプローチとなっています。特に、自動車、航空宇宙、産業自動化、医療機器などの分野でその価値が認識されています。以下では、MBDの歴史的背景、技術的側面、具体的な応用例を詳細に解説します。

全体像

MBDは、数学的および視覚的なモデルを使用してシステムを設計・分析・テストする手法です。このアプローチは、物理的な試作を減らし、開発プロセスを効率化することで知られています。その起源は1920年代の制御理論と制御システムに遡り、コンピューティング技術の進歩に伴い、近年では特に重要性を増しています。

MBDの重要性は、開発時間、コスト、リスクを大幅に削減できる点にあります。例えば、仮想環境でのシミュレーションにより、早期に問題を発見し、修正することが可能になります。これは、特に失敗が重大な結果を招く可能性のある分野(例:航空宇宙、自動車)で価値があります。

技術詳細

MBDのプロセスは以下のステップで構成されます:

  1. 要件定義: システムが達成すべき機能的および性能的要件を明確に定義します。これにより、設計の方向性が定まります。
  2. モデリング: システムの動作を表す数学的またはグラフィカルなモデルを作成します。これには、制御システム、機械部品、電気回路などが含まれます。モデリングにおいては、従来から知られている物理現象を表す微分方程式や、経験的に得られている実験式、または、計測データからパラメータを学習した機械学習モデル等が使用されます。
  3. シミュレーション: 作成したモデルを使用して、さまざまな条件でのシステムの動作をシミュレートします。これにより、性能や信頼性を評価できます。
  4. テストと検証: モデルが定義された要件を満たしているかテストし、その正確性を検証します。検証プロセスには、要件トレーシングが含まれ、モデルの一貫性を確保します。
  5. 実施: モデルから自動的にコードを生成し、実際のシステムに適用します。これにより、手動コーディングのエラーを減らし、効率を上げます。

使用されるツールには、MATLABとSimulink(MATLAB & Simulink)が一般的で、これらはモデリング、シミュレーション、コード生成をサポートします。他にも、System modeling languages like ModelicaやCADソフトウェアが使われることがあります。

方法論としては、要件トレーシング(要件がモデル全体に一貫して反映されているか確認)、検証と検証プロセス(モデルの正確性と信頼性を確保)、アジャイル開発の実践(反復的な改善)が含まれます。これにより、複雑なシステムの開発が効率化され、エラーが早期に発見されます。

応用例

MBDはさまざまな産業で応用されており、以下に具体的なケーススタディを紹介します。

自動車産業

  • トヨタのハイブリッド車開発: トヨタは、プリウスやカムリハイブリッドなどのハイブリッド車の開発でMBDを活用しています。燃料効率、性能、信頼性を最適化するために、仮想環境でのシミュレーションが行われます(Model-Based Design for Hybrid Electric Vehicle Systems)。
  • ゼネラルモーターズ(GM)のTwo-Mode Hybridパワートレイン: GMは、GMC Sierra HybridやChevrolet Silverado Hybridなどの車両に搭載されるTwo-Mode Hybridパワートレインの開発でMBDを標準化しました。これにより、さまざまな運転条件(市街地、急加速、高速道路)での燃料効率を最適化しました(GM Standardizes on Model-Based Design)。

航空宇宙産業

  • NASAのオリオン宇宙船: NASAは、オリオン多目的乗員探査車(MPCV)の誘導・航法・制御(GNC)システムの開発でMBDを採用しました。Matlab/Simulinkツールを使用して、アルゴリズムの設計とモデリングを行い、宇宙環境での信頼性を確保しました(Applying Model-Based Development to Flight Software)。
  • スペースミッション開発: MBDは、宇宙船の制御システム、推進システム、その他の重要なコンポーネントの設計とシミュレーションに使用されます。これにより、宇宙での厳しい条件での性能を事前に評価し、リスクを低減します。

産業自動化

  • シーメンスとABB: これらの企業は、製造プロセスの制御システム設計でMBDを活用しています。例えば、生産ラインやロボットシステムの効率と信頼性を向上させるために、仮想環境でのシミュレーションが行われます。これにより、実際の運用前に最適化が可能になります。

医療機器

  • 輸液ポンプと人工呼吸器: MBDは、医療機器の制御システム開発で広く使われています。例えば、輸液ポンプや人工呼吸器の安全性を確保し、さまざまなシナリオ(例:異常動作、緊急時)をテストするために使用されます。これにより、患者の安全を確保し、開発コストを削減します。

議論と展望

MBDの採用は、エンジニアリングの効率と品質を向上させる一方で、ツールの熟練度やモデルの複雑さといった課題も存在します。特に、大規模なプロジェクトでは、異なるツールやチーム間の統合が難しい場合があります。しかし、MATLABやSimulinkなどのツールの進化により、これらの課題は徐々に解決されつつあります。

また、MBDが医療機器のような生命に関わる分野で広く使われていることは、意外な応用例と言えるでしょう。これは、仮想環境でのテストが患者の安全を確保する上で重要であるためです。

表:MBDの主要応用分野と例

この表は、MBDがさまざまな産業でどのように活用されているかを示しており、それぞれの分野での具体的なメリットを強調しています。

射出成形機の1次元モデル

MBDの思想に基づいて射出成形機の動作を表す1次元モデルが提案されています。射出成形現象のモデル化においては、金型内を流れる樹脂の3次元的な運動を数値シミュレーションで再現しているのに対して、1次元モデルでは射出成形機の射出圧や射出速度の時間変化をモデル化している点が特徴的です。このモデル化では対象としている量の時間変化のみに注目していることから、従来の3次元モデルに対して1次元モデルという単語が使われています。

射出ユニットの位置を$x$、速度を$v$とすると、射出ユニットの運動方程式は

として与えられます。ここで、 mは溶融樹脂の質量とシリンダの慣性を合算した換算質量、Aはシリンダ内の断面積、pはシリンダ内の樹脂の圧力、p0は大気圧、F(v)はシリンダ内の摩擦力、gは重力定数、τは制御指令により与えられるトルクを表します。

溶融樹脂の質量はTaitモデルに代表されるPVT特性によって与えられます。また、シリンダ内の摩擦力には樹脂の粘性抵抗が含まれますが、これはCross-WLFモデルに代表される樹脂粘度特性によって与えられます。これらの特性を運動方程式に取り入れることで、樹脂の特性を考慮した射出ユニットの運動を表現することができます。

スクリュウ位置(上図)と射出圧(下図)の実測値と1次元モデル式の比較

引用元:J. Maderthner, A. Kugi, W. Kemmetmuller, Optimal control of the mass for the injection molding process, Journal of Process Control 129, 103027, 2023.

まとめ

モデルベース設計は、現代のエンジニアリングにおいて重要な役割を果たしており、開発プロセスを効率化し、システムの品質を向上させる手段として広く採用されています。自動車、航空宇宙、産業自動化、医療機器など、多様な分野での応用例は、その汎用性と価値を証明しています。今後、ツールの進化と統合の改善により、MBDの適用範囲はさらに広がるでしょう。

No items found.

MAZINでは製造DXに取り組む生産技術者を募集しています

私たちと一緒に、新しい技術で製造業の新たな可能性を切り拓きませんか?詳細は以下のリンクをご覧ください。